高知-9. 物部川(その1)平成29年2月9日(木)曇り

四国に9川ある国管理河川の最後となる「物部川」にチャレンジする。四国の南側は両方に大きく太平洋に張り出した半島状の形をしているが、東側の正三角形状の半島の根元の東側を「那賀川」が、西側を「物部川」がそれぞれ東と西に流れている。物部川は河川長約70kmの年間降雨量の多い流域を有する川である。
南風1号で9時30分久しぶりに後免駅に降り立つ。土佐くろしお鉄道後免奈半利線の起点でもある後免駅舎は立派であるが、駅前広場は狭く広場の向こうを通る国道195号も道幅は狭く、路線バスの大半はこの駅に寄らず、少し離れた土佐電の後免町のバスターミナルに立ち寄る。物部川河口に向かうバスも駅には来ないので500mほど南の「後免西町」のバス停に向かう。バスが後免駅に立ち寄らず「後免ね、後免ねー」。

 01.後免駅舎は立派だが駅前が狭い

土佐電の路面電車の通る道路の南側に大きなショッピングセンターが有るのでバスの来る時刻まで1時間ほど館内で時を稼ぐ。喫茶コーナーでモーニングを摂り、広いスーパーの売り場を見廻る。鮮魚コーナーには作りたてのカツオのタタキが数多く並んでいる。どれも小粒であるが美味げななー。今晩の肴にしたいが歩く前なので諦める。
道路の北側の窮屈なバス停で5分ほど待つと河口近くの「久枝」行き「とさでん交通」のバスがやって来て乗車。2年前に「高知県交通」と「土佐電気鉄道」及び「土佐電ドリームサービス」の3社が合併し、新しく「とさでん交通」となった。車体の塗装も以前のドリームサービスの物が変わりグリーン系になっている。

 02.カツオのたたきが安くて美味そう

 03.とさでん交通になって初めての乗車

バスは一旦「後免町」バスセンターに立ち寄り、Uターンして直ぐに県道45号を南に向かう。太平洋の北側には高さ10mほどの砂丘が東西に連なり、この上に人家が乗っかり集落を形成している。砂丘の手前でバスは東に方向を変え狭い道を進む。20分ほどで終点の「久枝」に到着する。バス停の近くには巨大な津波避難タワーが完成している。最上階は高さ18mもある。四万十川河口近くの同種タワーを想い出す。

 04.海岸近くには津波避難タワーが

道を進むと太平洋と河口を見渡せる四阿が高台に建っている。河口は「仁淀川」と同じように太平洋の強い東から西に流れる沿岸流の影響を受けた細長い中洲の西端から申し訳なさそうに海に注いでいる。やっぱり川は海には敵いませんなー。

 05.河口は沿岸流が作る砂丘に

 06.大河の水がこの細い流れで太平洋へ

右岸側の土手路を北に向かい、砂丘の北側からやってきた「後川」の水門を過ぎると本川のゼロキロポストが現れる。河川のゼロ位置がいまいちよく分からない。土手路の反対側を見ると「高知竜馬空港」の着陸誘導装置が立ち並び、その先に滑走路と広大な空港が広がっている。兵庫の「猪名川」遡行時に伊丹空港を横から見たが、こんな空港の間近を通るのは初めてである。中四国の空港には愛称名が付けられた空港が多くある。「高知竜馬空港」、「徳島阿波踊り空港」、「鳥取砂丘コナン空港」、「米子鬼太郎空港」、「出雲縁結び空港」・・。

 07.ここが物部川のゼロキロだ

 08.反対側は高知空港の進入路と滑走路が

その時彼方からジェット機のエンジンの音が聞こえてくるではないか!東に首を振ると進入ライトを点け脚を降ろしたカッコ良い機がやって来る。海から陸上の2,500m滑走路に向かっている。この空港の滑走路は廻りの川、道路が東西、南北に有るのを無視した斜め方向である。冬場の季節風の卓越方向である北西に向いている。飛行場計画のお手本のような空港である。松山も徳島も滑走路延長を海に向かったが、ここは陸の北西方向に延長したようだ。

 09.丁度JALが進入してきた

 10.この空港の立地条件が最高だ

堤防の上の道路沿いには大きな津波に関する解説板が掲げられている。三陸津波の惨状を目にした沿岸地域の津波対策が進んでいる。

 11.堤防には津波への注意書きが

広い空港の様子を見ながら土手を進むと最初の橋となる「物部川大橋」に来る。河口幅は小結クラスの400m強で橋は10径間の鋼橋である。この橋までの河口付近は両岸とも今は香南市吉川町となった旧「吉川村」である。小さな村が大河の両側を有していたのは不思議である。橋から上流の右岸側は南国市、左岸側は今は香南市の旧「野市町」である。
土手下に小さな「掩体(えんたい)壕」が残っている。かつての海軍の飛行場を守るための壕のようだが、これで本当に守れると思っていたのか疑問である。

 12.最初の橋「物部川大橋」は長―い

 13.旧海軍の飛行場だった証がこの掩体壕

土手の上の広い道路に車は殆ど通らず快適に歩ける。土手下に高知高専の校舎等が現れ、続いて高知大学農学部の建物が並んでいる。空港の直ぐ横に学校とは時代が変わったものである。かつての飛行機の騒音は新型機の静かな音に変わっており、騒音問題で空港の移転や運行時刻の縮小を言っていた伊丹空港付近の住民などの考えも変わってきたようだ。静かに成るまで待とうホトトギスだ。
心臓への負担がかからないようゆっくりと一定のリズムで北に進む。やがて国分川で見た「高知東部自動車道」の建設現場がここにも表れる。四国8字ラインの太平洋側の欠損部が少しずつ減っていっている。

 14.堤防の上の広い道に車は来ない

 15.ここでも高知東部自動車道の建設が

対岸に小山が川に迫り出すように邪魔をしている。川幅がここで急激に狭まり断面不足になっていないか心配である。対岸になるこちら側の土手の構造検討と強度と耐久性のアップが必要である。

 16.左岸側に小山が出べそのように迫り出している

国道55号の「新物部川橋」を越えると土手を降り河川敷の道を進む。高水敷が広がると「土佐くろしお鉄道」の橋と今は県道364号となったかつての国道の「物部川橋」の下を潜る。どちらの橋も無塗装橋でこげ茶色の均一な錆色が安定している。鉄道橋は1999年完成、道路橋は1993年完成で20年近く前の方が最近完成した先日見た橋よりも出来が良い。フリーメンテナンスを謳い文句にする橋なら作る段階での手間と品質管理が大事である。
県道橋の親柱にはレトロな街灯が、歩道にも同じデザインの街灯が付けられている。街中の橋なら景色にマッチするが、だだっ広い川の上の橋には違和感を感じる。

 17.土佐くろしお鉄道の橋は無塗装橋

 18.県道364号の物部川橋はレトロ風

再び土手の上の道路に戻ると行き交う車が増える。ここからは県道372号となっている。この川の鮎がかつての大会でグランプリを取った鮎であるとの看板が道路に呼びかけている。吉野川、四万十川、仁淀川、那賀川といずれの川も鮎自慢をしている。
対岸に高水敷が広がり公園、運動施設などが見える。こっちゃにはなんちゃ無いで。やがて北から流れていた川がすこしずつ東に向きを変える。

 19.この川の鮎も自慢げに

 20.左岸側に高水敷が広がる

 21.北からの流れは少しずつ東に変わる

橋の無い区間が延々と続き単調な景色に飽きてきたころに次の橋である「土板島橋」に出会う。橋近くには6.4キロポストも有る。次の橋まで2kmほど有るので今日はここまでとして県道234号を土佐山田駅に向かう。駅に向かう裏道を進むと好きな蝋梅が花を咲かせていたのでカシャ。
14時30分発の南風18号に乗車し、大歩危駅過ぎた頃に「下り南風が阿波池田と三縄駅間で人身事故を起こし現場に停車しています。そのためこの列車は阿波川口駅で開通待ちをします。」と放送がある。人身事故なら先ず1時間は事故処理と警察の現場検証が有るので30分以上は待たされそうと覚悟する。結局40分ほどの遅れとなり、JR四国得意の多度津駅での打切りとなる。次の南風に乗り1時間以上の遅れで岡山に着く。折角心臓と肺を騙しながら急いで歩いて来たのがパーになってしまった。

 22.6.4キロポストのこの橋で今日は終わり

 23.好きな蝋梅が鈴なりに咲いている

本日の歩行距離:10.0km。調査した橋の数:5。
総歩行距離:9,349.7km。総調査橋数:11,321。
使用した1/25,000地形図;「後免」(高知7号-2)、「土佐山田」(高知7号-1)