津波被災地の復興を振り返る

NPO法人「スリムJapan」塩入淑史

・「津波被災地の復興を振り返る」ダウンロード用PDF

本文は、16年4月までに見た3.11津波被災地の復興状況に関する感想である。視察範囲は、11年4月から津波ガレキ処理を調査した岩手県田老地区から宮城県坂元町までの限られた範囲である。情報を補足するため復興庁や自治体のHP等を参照した。

被災から5年を経過し、津波ガレキは跡形もなく処理され、海岸堤防をはじめ道路・河川・宅地造成などのインフラ整備事業の進捗が顕著である。一方、被災者住宅(集団移転住宅、公営住宅)建設の進捗は地域により差が大きく、仮設住宅での生活をまだ数年は継続しなければならない人も多い。

様々な復興課題に対して政府が被災直後から総力を挙げて取り組んできた成果は、復興庁のHP等に詳細に記載されている。未曾有の災害に対処する国・県等の困惑と、法律が整備された後の官僚の勤勉さが理解できる。しかし、その性格からして、自己宣伝的傾向は否めず、被災者・高齢者の視点は極めて希薄と感じられる。

これで良かったのか? 次の大災害に備える視点から考えてみたい。 

1.復興に関するいくつかの疑問

 1)復興の目的は何か?

東日本大震災復興基本法(H23.6.24)は、「復興の円滑かつ迅速な推進と活力ある日本の再生を図る」と目的を明記し、単なる復旧ではなく将来を踏まえた復興を目指し、産業・生業・教育等など実に多様な項目にまで配慮している。即ち、国・地域の社会・経済活動の(マクロな)復興を目的とするこの法律は、被災者個人の生活の(ミクロな)復旧・復興は(人心の安定が目的であり)マクロを構成する要因の一つと位置付けているのである。海岸及び河川堤防、基幹道路等公的インフラの整備は確実に進捗している。一方、マスメディアがミクロの被災・絆をマクロの復興と同等以上に大きく扱う故であろうか、国民一般は被災者の救済を優先した施策が採られるべきと考えやすい。

少子高齢化が確実に進み財源が有限である中でマクロな復興を目指すならば、被災者の身近な安心の達成は遅れるのは必然であろう。しかし、これで良いのか。

その状況の中でミクロの復興をも迅速に達成した事例については後述する。 

2)復興の工程は妥当か?

政府は当初から迅速な復興を喧伝してきたが、5年経過しても終の棲家で余生を送ることが困難な者も多い。また、先に望みが持てる職場を得た被災者はどれ程か?

復興速度について、復興対策本部の基本方針(平成23年7月29日)は、被災各県の計画を踏まえ、阪神・淡路大震災の例も参考としつつ、復興期間を10 年間、当初の5年間を「集中復興期間」と位置付けた。未曽有の大震災であるため、阪神・淡路大震災の例を参考する以外に方法が無かったのが実情と推察するが、ガレキ処理から復興に至る一連の事業特性を考慮すれば、工程に弾力性を持たせる必要があったと思われる。事業費の執行においては、工程を厳守するため多くの無駄・無理が生じたことは明白である。一例を挙げれば、気仙沼市陸前小泉の1基100億円を超える廃棄物焼却炉が完成から半年で解体撤去された。マスコミはこの事実を報道しながら問題とはしなかったようである。血税を効果的に使用する意識が乏しいのであろう。

3)復興事業費の増額?

復興庁資料「復興の状況と取組(2016年3月)」によれば、復興期間10年(23年度~32年度)の復興事業費を32兆円程度と見込み、歳出削減、 日本郵政株などの税外収入、復興増税によりその財源を確保した。この事業費には、原子力損害賠 償法・放射性物質汚染対処特措法に基づき東京電力が負担すべき経費は含まれていない。

一方、平成23年7月の東日本大震災からの復興の基本方針(案)では、「平成27 年度末までの5年間に実施すると見込まれる事業規模は、少なくとも19 兆円程度、10年間の復旧・復興対策の規模は、国・地方(公費分)合わせて、少なくとも23 兆円程度と見込まれる」としていた。この5年間に復興期間10年間の事業費は約9兆円(+39.1%)増加している。それらの内訳を整理すると以下の表のようになる。

年度 集中復興期

23年度~27年度

復興期間

28年度~32年度

復興期間10年間

23年度~32年度

23年7月

見込み事業費

19.0兆円 4兆円 23兆円
27年度末

見積もり事業費

計上済み26.3兆円

(執行済み25.5兆円)

(未使用約0.8兆円)

28~32年度事業費

見積もり約6.5兆円

(執行済約25.5兆円)

 

32兆円
差額 +7.3兆

(+38.4%)

+ 1.7兆円

(+42.5%)

9.0兆円

(+39.1%)

財源的には、集中復興期間(23 年度~27 年度)は、歳出削減・税外収入(郵政株など)・復興増税が、復興期間(28 年度~32 年度)は、復興増税等の上振れ( 2.5 兆円程度)および新規財源(最大 3.2 兆円程度)が充当されるとしている。

市民には巨額の税金投入と感じられるこの9兆円の増額は、国会でも承認されたものと思われるが、マスコミで話題になることも無かったようである。そもそも当初から事業内容及び費用の妥当性はどの様な議論を経て決められたのか不明である。

熊本地震の復興事業はこれからの議論と思われるが、税金による復興の事業規模と期間の決定には新たな難題が予想される。

4)迅速な合意形成は不可能か?

被災者の安全な居住地の選定、復旧・復興計画の策定等は、被災者・土地所有者等利害関係者の合意が必要と考えられている。しかし、利害が一致しない者による合意形成は極めて時間を要することが多い。ガレキを処理している間に復興計画が合意され、必要な諸手続きを進めることが出来たならば、復興事業はかなり進捗し被災者の早期の生活再建も実現したものと推測される。適切なリーダーシップを発揮できる法的根拠と迅速な合意形成手法の確立はこれからの最重要課題であると考える。

5)高い海岸堤防は安全か?

海岸堤防の高さは、堤防により次の津波や高潮から命と財産を守りたい住民の総意により決定したと思われる。海岸堤防の天端標高は、仙台市から坂元町までの宮城県ではT.P7.2mと同一であるが、リアス式海岸等の半島と浜で構成される地域では最高はT.P14.3m、最小は3.2mと大きな差が有る。

高さを決定する経緯については、朝日新聞の「てんでんこ」が報じている。しかし、14mにも及ぶ高いコンクリートの壁は、港町の生活を海から切り離してしまった。海が見えない海辺の生活は地域の伝統文化を変え、新たなリスクを内蔵したと思えてならない。

image1

二階建て仮設より高い海岸堤防・宮古市 (16.4塩入 )

2.復興の事例

1)堤防に頼らない街づくり:女川町駅周辺

堤防を造らず嵩上げで対応した地域として宮城県女川町の事例を紹介する。

JR石巻線のターミナルである女川駅周辺は町の中心部である。11年3.11の大津波により駅舎は、役場、港等全ての施設と共に破壊された。15年4月同地を訪問した。

石巻線が開通し、温泉付き新駅舎から海までは400mほどの緩やかな斜面は数メートルほど盛土したようだ。その間に高い壁は無い。大きな津波が来たら逃げる。駅前広場にでは商業施設であろうか、木造の建物を建設中である。既にオープンした案内所では、他県から移り住んだ若者が希望を抱いて説明してくれた。

image2

奥中央の白い屋根が女川新駅。後ろは直ぐに女川湾。(15年4月 塩入)

2)  被災者住宅を4年で完了(岩沼市・「西玉浦のあゆみ」より)

仙台市の南に位置する岩沼市は、JR東北本線と常磐線、国道4号と6号の結節点であり、仙台空港が所在する。その南には10kmの砂浜が貞山堀(運河)と平行し、南端は阿武隈川の河口である。

11年3月11日の大津波は、浜と運河に挟まれた6集落を破壊し内陸まで侵入(市域の48%)、死者は180人に及んでいる。市中心部はほぼ無事であったため市の機能は失われなかった。そのような状況下での復興の経緯は以下の通りである。

  • 11日から避難所を開設。最大時約6800人が利用。
  • 並行して仮設住宅建設に着手し3か月後に入居を完了。避難所を閉鎖。
  • 4月から被災者との意見交換を開始し、6集落を玉浦西の集団移転地に集約する
  • 計画を12年3月公表。
  • 国・県の同意、地権者の協力を得て、12年6月「まちづくり検討会(移転者・受
  • 入地元・学識経験者)」発足、12年8月造成工事に着手。
  • 13年12月宅地引き渡し開始。14年4月災害公営住宅着工。
  • 15年5月公営住宅の引き渡しが完了して、7月商業施設をオープン。
  • 移転地内の旧集落及び隣家の配置、個人住宅と公営住宅の配置等は、住民の話し
  • 合いにより決定(迅速な合意形成)。
  • 最終事業規模は、約20ha、380戸(約1,000人対象)。事業費約198億円。
  • 地元の小・中学校へは徒歩で通学でき、生活基盤はほぼ整備されている。

このような迅速な対応は、「人口減少の阻止と将来の地元負担の軽減」を目指した当時の市長の決断が大きいものと推測する。人口は被災前とほぼ同じ4.4万人を維持している。これは岩沼市の立地環境故に出来たことも有ろうが、首長のリーダーシップと市民の協力は参考とする価値が大と思われる。

さらに、津波浸水跡地を活用して、防潮林の増加、公園、千年希望の丘、被災地を結ぶ400kmのグリーンベルト等の他、仙台空港周辺の工業ゾーンが進行中である。

image3

岩沼市玉浦西の防災集団移転住宅と災害公営住宅。手前左は大型スーパーマーケットの駐車場。朝日新聞より。

image4

岩沼市玉浦西の災害公営住宅 Sankei Biz 2016.3.12

3)鉄道の復旧・付け替え・BRT(ウィッキペディア16年3月1日時点)

津波により流失した海岸沿いの鉄道は、原型復旧、ルート変更、BRT(Bus Rapid Transit:鉄道敷きを利用しバスを運行)等で対処している。

盛土や高架の鉄道敷が津波で多数流失し、被災以前から利用客数が少ない路線においては、BRTは現実的な対策と思われる。

①JRルート変更

  • JR常磐線(南相馬~亘理)、相馬駅 – 浜吉田駅間 17年春開通見込み
  • JR仙石線(野蒜地区・松島の景観を損なわないよう工夫して新ルートを開削。448戸1370人が移住。新駅も二つ。)

image5

JR仙石線の野蒜地区の新ルート。左が松島湾、手前は東名運河、右上は吉田川と鳴瀬川

②復旧

  • 山田線(宮古~ 釜石):未開通。再開後は三陸鉄道への移管予定。
  • 仙石線(仙台~石巻)、石巻線(石巻~女川):復旧完了

③BRT

  • 大船渡線(気仙沼~ 盛):BRTで再開済み、鉄道での再開は断念か?
  • 気仙沼線(柳津~気仙沼):BRTで再開済み、鉄道での再開は断念?

image6

ルートを山側に移し、単線で新設した宮城県坂元町付近の常磐線。新駅舎も建設された。17年春開通見込み (16年4月 塩入) 

3.ガレキ処理

3.11発生1カ月、NPO法人「スリムJapan」は、津波ガレキの迅速・安価・安全な処理を目的とする「グリーンヒル構想」を公表し現地調査を継続した。構想の要点は、多様なモノが混在する津波ガレキの特性を考慮して、分別作業を極力少なくし、粘土で包み込んだ混合ガレキで発生場所の近くに鎮魂と避難の場所になる丘や堤防を構築し、長期間管理するものである。構想及び調査内容については、「スリムJapan」のHP(http://npo-cncp.org/を参照して頂きたい。

image7

写真は、札幌市のモエレ沼公園の高さ52mのモエレ山である。不燃ごみと公共残土で造成された。イサム・ノグチ設計。(札幌観光案内より転載)

津波ガレキもデザイン次第でこのような景観を生みだすことができる事例である。津波避難場所や被災者鎮魂の丘にも利用できる。

政府は、あの非常時にも通常時の廃棄物処理法を適用して分別・リサイクルを基本とし、さらに広域処理の喧伝に努めたがその効果は僅かであったことは周知のとおりである。

分別・リサイクルは埋め立て処分量を少なくでき確かに安全である。しかし処理に時間を要しコストが高いことは明白であるが、各地域及び全体の処理費は探しても見つからない。公表されていないようである。これだけが廃棄物の処理方法ではあるまい。広範の考えを参考にすべきと考える。

なぜ非常事態に応じた態勢を当時の政府が取らないのか理解に苦しんだ。最近その理由に言及した一文を目にした。その一部を以下に転載する。 

非常事態規定の欠如

(Nipponn.com「東日本大震災後の危機管理・元内閣情報調査室長」より抜粋)

非常時に私権を制限できる規定がないから、瓦礫は私有財産であるとして撤去が進まないし、被災地を安全な街区に作り直す都市計画も、地権者の意向に逆らえない。

国家(憲法)に非常事態の規定がない。この点は、同じ第2次大戦の敗戦国ドイツが、20年に及ぶ国民的大議論の末に憲法に盛り込んだのと著しい対照をなす。

災害対策基本法による「災害緊急事態」を宣言すれば、内閣総理大臣に生活必需物資の価格統制など一定の緊急措置権限が与えられるのだが、菅内閣は宣言しなかった。その理由は詳らかでないが、平時から非常時へのドラスティックな切り替えができなかったのである。

わが国でも近年「武力攻撃事態対処法」、「国民保護法」が制定され、防衛上の有事に関しては体制整備が前進したが、今回大震災への緊急措置発動が見送られた背景には、やはり従来からの憲法解釈に引きずられた側面があると思われる。結果として日常的な各省縦割りの行政が被災地に持ち込まれて、スピーディな対応を欠いたのである。

 

4.来るべき災害への備え

首都圏直下、東海、東南海、南海等巨大地震が発生し、3.11よりも大きな津波に襲われる地域が有ると言われている中で、16年4月には熊本地震が発生した。市民は誰も予想していなかったのではないか。地震のメカニズムは不明、発生予測は不可能というのが、最近の共通認識といえる。地震活動期に突入したわが国は、地震以外の非常事態の発生も考慮して総合的な対応策を早急に準備すべきと考える。

上記の巨大地震の発生による廃棄物処理について、環境省は「巨大災害発生時における災害廃棄物対策のグランドデザインについて(H26.3)」を公表した。3.11の教訓を考慮したとのことであるが、分別・リサイクルを基本とする方針は変えていない。それ以外の方法は有り得ないと確信しているものと思われる。

廃棄物対策を受け持つ環境省の考えであるから当然ではあるが、復興・再生・被災者の生活等津波に伴う諸々の問題は対象外である。それら総合的な対策については誰が担当しているのであろうか。国民一般には聞こえて来ない。

 

行政の縦割りの弊害は上記の「非常事態規定の欠如」でも言及しているが、ガレキ処理や復興状況の現地においても痛感させられたことである。国家財源の陰りが明白な時代において、行政の縦割りの弊害解消は喫緊の課題と思われる。

以上