高知-2. 四万十川(その7) 平成25年10月13日(日)快晴                                                                     

朝5時に起き昨夜買っておいたパンを食べ駅に向かう。放射冷却で今朝は10度も無い。長袖を着てきたが寒い。泊まった宿はウナギ料理屋の細長い建物の3階の改造洋室である。事前に宿に電話し、部屋とトイレの和洋を確認してここに決めた。昨夜やって来ると店の入り口はシャッターが閉じられ誰もいない。仕方なく隣の布団屋の奥さんに事情を話し電話をしてもらう。やがて店の女将がなんとBMWのスポーツタイプの車に乗って現れる。店構えとの差に唖然とする。シャッターを開け鰻屋の席で宿帳に記載し、泊まり賃3,500円を支払い3階に向かう。階段は店の雑貨が積まれ火事の時が恐ろしい。いつも見ている自転車旅番組の「こころ旅」の火野正平もここを訪れたと女将は言っている。「優しい人よ」とのたまい、さすがプレイボーイである。

image1 00.昨夜はウナギ料理屋の3階に泊まる

薄暗く寒い道を駅に向かう。数日で10度以上も気温が下がった。JRの窪川駅はささやかな駅舎ですぐ隣の土佐くろしお鉄道の駅舎は大きな三角屋根が聳え、高南バスの事務所も入っている。予土線の一番列車に乗り込み6時27分発車。

image2  01.土佐くろしお鉄道窪川駅はでかい

image3 02.JRの窪川駅はささやか

窪川からは土佐くろしお鉄道の線路で、JRは居候である。次の若井駅の先の信号所で線路はふたつに別れ、くろしお鉄道は右側のトンネルからループ線で分水嶺を越え太平洋側に向かう川に向かって下って行く。予土線はこの信号所から晴れて自分の線路となり左側のトンネルに入る。土讃線は窪川が終着で、そこから南には先ず土佐佐賀まで開通し、更に中村まで伸び中村線となった。その後宿毛まで延伸されこれらの区間は三セクの土佐くろしお鉄道となった。予土線は北宇和島から江川崎までだった宇和島線が四万十川沿いに延長した形で建設され予土線となった。と言う訳でこの予土線列車は他人の線路を通ることになった。

窪川駅は両者の起終点駅なので二つの駅舎が並んでいる。岡山、高知からの特急が9往復も三セク路線に乗り入れる。三セクに多くのJR特急が乗り入れるのは伊勢鉄道(名古屋~紀伊勝浦)、智頭急行(京都・岡山~鳥取・倉吉)そして北越急行(越後湯沢~金沢)が有るが、終着(中村・宿毛)が三セク駅はここだけである。お蔭でJRの各種割引切符は通用しない。予土線の方が三セクらしく、中村線はJRらしく逆やないか!二駅目の家地川で下車。もちろん初めての駅で、西にある川に向かう。

image4 03.家地川駅で下車

低い小さな峠を越えると四万十川唯一の堰が現れる。四電の佐賀取水堰から分水された水は分水嶺をトンネルで潜り、伊与木川の佐賀発電所に送られる。四万十川にダムは無いが堰は有るのである。四万十川は最後の清流と言われているが、ここ窪川地区は人口、田圃が多く生活排水が流れ込んでいる。渇水期にはこの堰から大半の水が分水され、あまりきれいでは無い水が伊与木川に流され、下流部はかろうじて清流と言える状態になる。

image5 04.四万十川唯一の堰(佐賀取水堰)

ここが大きく屈曲する川の底の部分に当たり右の上流部に向かうか左の下流側に向かうか考える。地形図を見ると右には橋が無く左には沈下橋らしき物が記されている。左に方向を決め歩いていると広瀬沈下橋が見えてくる。ご正解である。この沈下橋は堰で水量が減っているため、四万十川の沈下橋の中では一番水面に近い所を横断していると説明板に書かれている。丁度数少ない予土線列車が差し掛かりカシャ。

image6  05.広瀬沈下橋の傍らを列車が通過

image7 06.沈下橋の説明板

かつての国道と思われる川沿いの道を北に向かうと道沿いの人家の庭先の池に清楚な花が密集して咲いている。近づいて見るとホテイアオイの花である。へーぇ、ホテイアオイはこんなに綺麗な花を咲かせるのだ。

image8 07.ホテイアオイの花は清楚な色

やがて昨日潜った根元のトンネルに到着し、今度はトンネルを潜り上流を目指す。昨夜は居酒屋で飲み過ぎたのか腹具合が良くない。いささか不安な気持ちで歩いて川口地区に来るとなんと国道沿いに喫茶店が有り開いている。天佑である、神は我を見捨てなかった。モーニングを頼み直ぐにトイレに駆け込む。和式であるが今はそれどころでは無い。身体も気分もすっきりしてモーニングを食べ直ぐに歩きを再開する。

歩道完備であった国道もやがて歩道が無くなる。その代り片方の道の路肩を少し広くし、緑色の道路区画線が引かれ車にここは人が歩く所と知らせている。

image9 08.国道381号の歩道代わりの緑線

小型の盲腸のような区間の根元を過ぎると若井の沈下橋と直ぐ上流に若井大橋が並んでいる。沈下橋はその役目を終えたので車は通れない。路面は荒れ、何れは人も通れなくなりそうである。

image10 09.若井の沈下橋と若井大橋

後は川から離れつまらない道が続く。国道が四万十川を渡る付近で川は東からの流れが北からの流れに変わる。ここまで河口から125kmほどあるが標高はわずか200mと緩やかな流れであった。ここから北が上流となり、次回以降の歩きとし駅に向かう。

本日の歩行距離:13.2km。調査した橋の数:8。

総歩行距離:6,385.8km。総調査橋数:10,135。

使用した1/25,000地形図:「伊与喜」(窪川14号-3)、「土佐川口」(窪川13号-4)、「窪川」(窪川13号-2)