徳島-1.吉野川(その7)平成24517日(木)晴れ 

10日ぶりに吉野川遡行を再開する。少しでも交通費を抑えるため岡山駅から特急には乗らず、坂出まで快速を使い各停に乗り換え多度津で後から来た特急南風に乗り込む。30分先行すれば1,150円の特急料金が510円ですむ。多度津駅で待っているとアンパンマンの上りの南風が停車し、多くのキャラが側面に描かれていたのでカシャ。

image1  01.アンパンマン列車の側面はキャラ尽くし

阿波池田駅で各停須崎行きのワンマンカーに乗り換え、先日の折返し点の祖谷口駅に向かう。乗った乗客は二名!

今日は吉野川沿いの1本道である国道32号を20km以上歩く予定で、道の選択肢はなんちゃ無い。ここから大杉まで四国山地を川は真っ二つに分け横断している。秘境で有名だった祖谷川の合流点の対岸の山は中腹に集落が見られ、狭い谷間では生活できないため緩斜面の山腹に人は住んでいる。

image2 02.祖谷川合流部

土讃線と国道32号は、日本屈指の多雨地帯であるこの狭く急峻な渓谷での建設と保全に苦労してきている。土讃線は何度もがけ崩れ、斜面崩落に遭遇し、その都度長期の運休と線路放棄、別線トンネル建設を余儀なくされてきた。国道も線形改良、斜面崩落の危険回避のための川側への桟道建設が繰り返されてきた。歩道は川側に張り出した幅2mほどの桟道が続き、見晴らしとスリル感抜群で安心して歩ける。この広い歩道は車が境目の防護柵を突き破ってもここで止り、車が谷底に落ちることも防いでいると思われる。

image3  03.歩道は吉野川に迫り出した桟道が続く

image4 04.四国山地の横断が始まる

阿波川口駅を過ぎると愛媛県から流れてくる銅山川が合流しているが、上流の多くのダムで水が堰き止められ、水は愛媛の瀬戸内側に供給されている。かつては徳島と愛媛で水の戦いがあったようだ。

小歩危の手前にこれぞ山の吊橋と言う橋が架かっている。対岸は急傾斜の山でここを渡る人が今もいるようには見えない。1kmごとに高松からの距離を現す距離標が70kmの地点が高知までも70kmとなり、ここが中間点となる。

image5  05.これぞ山の吊橋

image6 06.ここが高松と高知の中間点

ここから小歩危という道路の案内標識の地点から南の渓谷を見ると高い山が正面に見える。歩危とは「ほけ」と言い、危険を現す言葉のようで、「ボケる」のも危険である。小さく歩いても危険、大きく歩いても危険な道であることから名づけられた。土佐は実際以上に遠い国であった。小歩危駅に立ち寄り記念に駅名標を写真に撮っておく。鉄道と車では何度も通ったが、渓谷を満喫するならば歩きが一番で、これだけ長く渓谷が続く、見晴らし抜群、スリル満点の道はここがベストであろう。

image7  07.これが小歩危峡

image8 08.小歩危駅名標

小歩危に入ると、少し平地が広がった丘の上に日帰り温泉のあるホテルが建っている。未だ道半ばなので今日はパスして南下を続ける。左岸側を土讃線と国道が仲良く並んでいたが、やがて土讃線は第二吉野川橋梁で対岸の右岸に離れる。この橋は鉄ちゃんには有名な橋で、長く大きなトラス橋が川を跨いでいる。ここから大歩危峡で、土讃線は短いトンネルと洞門、落石覆いの連続した線路となっている。土讃線全線には一体いくつのトンネルがあるのだろうか。多分ダントツの日本一であるだろう。

image9  09.第二吉野川橋梁は鉄ちゃんには超有名

手打ち祖谷そばの大きな看板と絶好のロケーションに誘われ、おにぎりがあるのにもかかわらず暖簾をくぐる。味はいまいちであるが祖谷そばを久しぶりに食す。川を見やるとラフティングボートが瀬の緩い流れを下っていく。今や吉野川はこのラフティングの一大聖地となっている。外人らしき人も乗っている。

image10  10.この看板とロケーションに誘われ

image11 11.瀬を行くラフティングボート

大歩危峡の対岸を南風号が洞門の隙間を潜り抜け通過していく。よくもあんなにせせこましい所を走っているものだ。上下特急が1時間に1本ずつ通過するが、歩いているとしょっちゅう通過している感覚になる。

大歩危峡は小歩危よりも川面の両側の白い岩が大きく立ち並び、儀仗兵が両側に無数並んでいるように見える。

image12  12.大歩危の洞門を走る南風

image13 13.これが大歩危峡

やがて川下りの遊覧船の発着場にやって来る。今は道の駅にもなっており、手元の地形図には記載されて無く、駅員に聞くと3年前に道の駅になったとある。高速道路の高知道が開通してからの通過車両の減少からの転換であろう。道の駅としては役者不足で、道の停留所という所が似合う。

今日は絶好の遊覧日和で、駐車場には色とりどりのバスが並び、遊覧船に客を送っている。最近の遊覧船の転覆事故の教訓から、全員がライフジャケットを着用しているのが分かる。

駐車場の片隅にかつて乗ったことのある四国交通のボンネットバスがいる。定期観光バスの運用で遊覧船に向かう客を降ろして一休み中である。この後祖谷のかずら橋等を巡るバスで、祖谷谷の狭い曲がりくねった道を走るのには、この小回りの利くボンネットバスが適している。

image14  14.今日は絶好の遊覧日和

image15 15.大歩危峡を下る遊覧船

image16 16.ボンネットバスが舟乗り場にいた

対岸の大歩危駅を見やりながら南下を続ける。幾分谷底に狭い平地が有る所もあり、若干の民家も現れ四国山地の中央部は越えたようだ。国道も川から少し距離を置いた所を走り、歩道は川側の桟道から山側の狭い歩道に変わり、歩き辛くなる。

やがて徳島県と高知県の県境が現れ、ここが県境だという特別変わった変化も無く通過する。11番目の国「土佐」に来たぜよ。

image17  17.ここから高知県大豊町

image18 18.振り返れば徳島県三好市

ここ大豊町は、大杉地区と豊野地区が合併して出来た町で合成町名である。国道脇に少しずつ民家が増え出し、県境から2kmほど来ると対岸に土佐岩原駅が見える。予定通りの行動で今日はここを打ち止めとして大岩橋を渡り駅に向かう。20km以上も歩いて診た橋はたったの6橋。その内道路橋は3つ。超橋過疎地域である。

数少ない普通列車まで小1時間余り。駅のホームの狭いベンチに横になり、風が心地よく吹き抜けしばし心地よい疲労感を味わう。やがてやって来た阿波池田行き普通からお婆さんが1名下車し、単行ワンマンカーに乗り込むと、長―いベンチシートが出迎えてくれるが客は無し。すれ違う特急をやり過ごし発車。一駅先の大歩危駅で下車すると、こんどもお婆さんが1名乗り込みここからも客は1名。まったく駅伝のたすきリレーをしているようだ。発車して暫し待つと岡山行き南風が到着し、特急に乗り換える。くだんの各停を阿波川口駅で追い越し帰路につく。今日は良く歩いたものだ。

image19  19.長―いベンチシートに客は我一人

image20 20.大歩危駅名標

今日の歩行距離:21.4km。調査した橋の数:6。

累計歩行距離:1,659.6km。累計調査橋数:2,185。

使用した1/25,000地形図:「阿波川口」(高知1号-3)、「大歩危」(高知1号-4)、「東土居」(高知2号-3)