愛媛-2.加茂川(その2)平成24年10月19日(金)快晴
昨日のまとまった雨も止み加茂川の歩きに出かける。今日も坂出駅に立ち寄り3割引きの切符を買い特急うずしおに乗車。次の宇多津駅で岡山からの5両を繋ぎ発車。岡山からの列車に乗れば30分以上ゆっくりと家を出れるが、少しでも出費を抑えなくっちゃー。
伊予西条駅に降り、5分後に石鎚登山ロープウェイ前経由の西之川行きバスがやってくるので駅前に急ぐ。先日の折返し点からバスの終点の西之川までは高低差が400m余りあり帰りのバスも限定され、坂道を登るよりは下る方が早く歩け、歩く距離も長くなるので今日は例外的に源流部近くから川を下ることにする。
10時23分発のバスが時刻通りにやってきて乗り込む。今まで乗ってきたバスの大半は5分から10分は遅れてやってくるが、ここのせとうちバスは先日もダイヤ通りにやって来た。数名の登山者も乗って発車。20年ほど前に石鎚山に登った時に乗ったバスの通る道は拡幅改良が進んでいる。1時間ほどの乗車で終点に着く。ここは石鎚山(H=1,982m)から瓶ケ森(H=1,896m)と続く四国の脊梁山脈の北面、西面からの沢が集まる場所で、ここから先は急峻な道となり、県道もここが当面の終点である。
バス停から直ぐの本流を超える大宮橋に向かう。橋は昭和2年に完成されたコンクリートアーチ橋で、アーチ部分が更に小さなアーチで構成された開腹式アーチで欄干と合わせ優雅なたたずまいを見せている。橋のたもとには土木遺産の認定碑が埋め込まれている。
地形図で見る川はこの先まだ5kmもあるが、これから先は登山となるので遡行の趣旨とは合わないのでパスして、バスが登ってきた県道12号を下る。直ぐに石鎚山登山ロープウェイが見える。乗り場は県道から急な坂の上にあるが、県道沿いの駐車場は登山シーズンも終わりとなり、閑散としている。このロープウェイは標高約480mから一気に1,280mの成就社入口まで登っていく。石鎚山は日本に数多くある山岳信仰の代表的な山で、石鎚神社は成就社、山頂社などの4社を指している。石鎚山は東西に細長く岩峰が続き、南北は剃刀の刃のように垂直に切り立った山で、その高さだけでなくその姿に神が宿ると思われたのであろう。
北西方向に流れる川に沿って県道を下り、後ろを振り返ると瓶ケ森の西の前座である台ケ森(H=1,524m)が雲間から見えるがご本尊は雲に隠れている。四国の脊梁山脈の高い山には○○森と名付けられた山が多い。
渓谷は早や紅葉も始まり出したようで、紅葉が色づきだしている。青石と言われる石が渓谷を埋め、流れる水はこの石の色を濃くした青緑をしている。この色が四国の川の特色で何とも言えない清冽な感じがする。深いV字渓谷と高い山、清冽な川はミニ黒部渓谷である。
北西に流れる本流と、石鎚山の北面から流れてきた支流とが合流して流れが北に変わるその名も「河口」にやって来る。三つ角のバス停に壊れかかったベンチが有ったので、ここで昼を摂ることにする。岡山駅で買った大きな爆弾おにぎりにかぶりついていると、猫が現れ恨めしそうな顔をして鳴いている。数軒の家屋が廃屋になって猫も野良猫になったのかも知れず、7割ほど食べて残りを道端に置くと脱兎ならぬ脱猫の如く素早くお握りを口に銜えて逃げていく。厳しい生存にさらされているようで哀れである。おにぎりなので点々と米粒が落ちてしまっている。早々に立ち去り猫が残りを食べ易いようにしてやる。
北に向かう県道に岩が覆いかぶさる区間を抜けると、川に中洲が出来る程の広さとなり、20~30cm程度の大きさの青石が中州にたんと有る。青石を見ていると持ち帰りたくなるほどである。ロープウェイ乗り場付近にはこの石の採掘、洗浄場があった。庭石として結構いい値で売れるのであろう。
北から北東方向に流れが変わり、所々にわずかな平地が現れ数軒の家屋も見られるが、耕作地が取れるほどの広さは無い。郵便局もある千野々集落に来ると大正14年完成の同名の橋が架かっている。昭和44年と55年に補修もなされたようで、90前のお婆さんも若返ったように見える。
川は再び北の方に流れを変え、県道は川よりも30mほど上の斜面を進む。鎌倉や四国88か所の2番にもある極楽寺と同じ名前の寺の前を通る。こちらは「石鎚山真言宗総本山 極楽寺」とある。石鎚神社に負けないよう総本山と称している。45度の急な長―い階段の脇に、この階段を登って本堂に達すれば極楽往生は必至と書いてある。見上げると途中が工事中で登ることはかなわず、極楽は諦めて現世の道を歩く。
やがてヘリコプターの爆音が谷間に響き、見上げるとヘリが資材をぶら下げて飛行している。更に進むと送電線の直ぐ横に新しい送電鉄塔の基礎工事中のようで、クレーンと足場が山の上に見える。ヘリは資材をトラックで運搬可能な資材卸場から、複数の現場に資材をピストン輸送している真っ最中である。思わず雛に餌を与えるため何度も巣と餌場を往復する親鳥を想い出す。しかし遡行でいつも感心するのは、山深い大変な場所によくぞ鉄塔を立て、送電線の管理をしている物だ。電力は大変な努力で維持されているのを忘れてはならない。
県道下の川は黒瀬ダムで堰き止められたダム湖の尾の部分となり、水面が広がる。県道の左側のノリ面の前に大きな説明板が見え近づくと、西日本中央断層の黒瀬断層の説明が書いてある。道路拡幅で斜面を削った際に現れた断層なのであろうが、ノリ面には草木がびっしりと茂りその様子はさっぱり分からない。仏見つけて魂入れずである。「さよかー」としか言いようが無く立ち去る。
大きく湾曲する湖面から道はどんどん登り、湖面は100m以上も下になっていく。道が北から東に歩行を変えると、南の幾重にも重なる山の先に特徴のある赤っぽい山が見えだす。地形図で方向を確かめ山の形を読むと、右側の独立峰が「瓶ケ森(H=1,896m)」、左の長い山が「西黒森(H=1,861m)」と判断する。瓶ケ森は、吉野川遡行時にちらっと見えた山なので、今度は反対側から見たことになる。東に進むにつれ山が広がる湖の先と変化し、絵になる風景となったのでカシャ。
県道が黒瀬峠を越えると今度は下りとなり、山は徐々に湖の対岸の山に隠れていく。湖に注ぐ沢に架かる黒瀬橋の親柱には西条市の市の鳥「カワセミ」のレリフが彫り込んである。反対側には瓶ケ森らしき山も彫り込んである。
大きく回り込むと愛媛県が建設した黒瀬ダムが現れる。ダムの直ぐ下には住友共同発電所が後から建設され官民合同の施設である。
大きくΠ形に曲がりくねった川沿いを下り、蛸の頭の位置に相当する兎之山まで来て、丁度時間となりましたー。西条駅行きのバスが通過する時刻となり、前回の折返し点の橋の次の橋を調べた後なので、全線は歩いていないが橋の調査を全て完了したのでバスに乗り込む。朝は少なかった登山客が8名も乗っており、ほどほど盛況である。駅で10分待ち今度は通しで岡山に特急で帰路につく。
今日の歩行距離:16.5km。調査した橋の数:10。
総歩行距離:5,166.4km。総調査橋数:8,516。
使用した1/25,000地形図:「西条」(高知13号-2)、「瓶ケ森」(高知14号-1)